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るりはの着物小説劇場・第三話『約束』

第三話『約束』

(前回までのあらすじ)

 着物の袖とサンドイッチの縁”◎э◎)“で知り合った男。

 その男は、佐織がいた喫茶店で、女と別れのシーンを展開した。そして佐織の前から、忽然と姿を消した。

 佐織は、その男のことが胸にひっかかって仕方なかった。ハンサムだったから……ということは別にして、記憶のどこかで、会ったことがあるような気がしてならなかったのだ。 

 気になるその男の職業は、なんと私立探偵だった。

 私立探偵といったい何処で会っているというのだろう……と、佐織は、ますますその男が気になった。

第一話『袖振り合うも恋の始まり?』を読む⇒ここをクリック

第二話『別れの寸劇』を読む⇒ここをクリックしてね

※ ※ ※

第三話『約束』 

 佐織は、2DKの自室に帰ると「ただいま」と言った。

 返事が戻ってくるわけなどなかったが、それが、いつもの癖だった。

 郵便物をテーブルに置いて、DMのハガキを眺めながら帯をといた。

 足元に、ポトリと紙切れが落ちた――名刺だった。

 さきほどの男の名刺だった『私立探偵・太田蘭歩』

 喫茶店で、女に別れ話を持ちかけられた男。その心境はどんなものだったのだろう……。

 佐織は、襦袢一枚になったまま、しばらく空を眺めていた。バルコニーの窓に映る、小さな空だった。ちぎれ雲が、一つやってきた。

 ぼんやりと雲を眺めながら……電話をしてみたい衝動にかられた。

『でも……』

 男に電話をする理由など、何も見つからなかった。

 着物が汚れていたら申し訳ないというので、手渡された名刺。いっそのこと、着物がトマトケチャップでべったり汚れでもしたなら良かったのに……と思った。

 その自分に、クスッと笑った。そして、『理由なんていらない』と呟いて、携帯電話を手にした。

 思った通り、留守電だった。

 それに胸を撫で下ろして、電話を切った。 

_1  脱ぎたての着物を、洗濯機に放り込んだ。手洗いモードにし、液体洗剤を入れて、蓋を閉める。気に入りの絣着物だった。藍色で汚れも目立ちにくく、なにしろ木綿だから洗濯ができてしまう。

『これが絹の着物だったら……今頃、私はあの男と……』と、妙な連想をする自分に、舌をちょこっと出した。

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       ※ ※

 お日様の匂いがする。佐織は、今朝、先に干した着物を取り込みながら、そう思った。

 木綿着物は、洗って風にさらすぶんだけ、織が引き締まり、シャキッとする。その点、ジーパンによく似ている。染料が馴染んで、微妙な色合いになることも、ジーパンと同様だった。

 アイロンをかけようと、干し上がった着物を広げたところで、携帯電話が鳴った。

「お電話いただいたようですが?」と言う声の主――あの男だった。 

「あ、わざわざすみません。私、あのォ、着物でサンドイッチで、こぼして、その……」もっと上手く喋れないものかと焦ったが、言葉が出てこなかった。

「ああ、あなたでしたか。その、お、お着物、異状ありましたか? ほんとうに不注意で、そのォ……」男も、つられたように歯切れが悪くなった。

「いいえ、着物は、今、洗っているところです……木綿の着物でしたから、大丈夫で」

「ああ、なら、良かった」

 しばし無音。用事もないのに電話を入れ、それで返信があったのだから、容易に言葉が出てくるわけがなかった。

 それを察したように、男は言った。

「袖擦り合うも多少の縁と言いますから、どうです、今度、一緒にお茶でもしますか?」

 佐織は笑いをこらえた。探偵ともあろうものが、諺(ことわざ)を言い違えるものか? そう思った途端に、言葉がスラスラ出てきた。

「それを言うなら『袖振り合うも他生の縁』でしょ。まぁ、着物を着る人も減ってしまったので、言い違えられても当然のなりゆきですよね。いいですよ、お茶、しましょう。あの喫茶店なら、私、毎日通ってますから」

「そう、明日は何時くらいに行ってますか、そのコーヒー店?」

「たいてい三時です。遅めのランチ、それが例のサンドイッチです」

「わかりました。では、明日、三時くらいに。昼飯抜きで出かけましょう」

Img_4428  電話を切って、これは面白い展開になったかも? と、胸を弾ませた。彼氏いない歴半年、だから男日照りが続いている、それで胸がトキメク? いや、そんなことではなかった。何か見えない力が自分を引き寄せている、そんな気がしてならなかった。

       ※ ※

 今日という日は、木綿ではなくて、絹地の着物に袖を通そうと、箪笥の中を探った。たとう紙に収納した正絹着物が、まさしく箪笥の肥やしとばかりに、保管されていた。

 目に鮮やかな黄色の地に格子が入った、黄八丈にしようかと悩んだ。けれども、なにかピンと来なかった。次に、レンガ色の真綿紬はどうかと、着姿を思い浮かべた。でも、まだしっくり来ない気がした。

 最後に引っ張りだしたのは、アンティーク物の桜色の着物が入った、たとう紙だった。目立ったクスミもなく、淡い桜色が変色もしていないことは奇跡に等しいと思った。おそらく古着屋なら、現代着物より、ずっと高価に取引されるのだろう。母親の実家の土蔵に眠っていた着物だった。取り壊すというので、物色しに行って見つけた着物の一つだった。誰のために仕立てた着物なのか、それを知る曾祖母は、とうに亡くなり、祖母に訊ねてみても「さあねェ」と言うばかりだった。

 とっておきの着物を、例の古びた喫茶店に着てゆくことも、キャベツとオムレツとケチャプをたっぷり挟んだ、トーストサンドを注文することも、清水の舞台から飛び降りるようなものだと思った。だからと、しばし迷ったが、どうしてもその桜色の着物がふさわしく思えて、決心をした。

 いつもより時間をかけて着付けて、静々と喫茶店に向かった。着物は着物であって、いつもと変わらぬはずなのだが、どうも、別の自分が歩いているような気がしてならなかった。

 三時十分前に店に入ったのだが、すでに男――太田は、椅子に腰掛けて、新聞を読みふけっていた。

「あの……太田さん……」佐織はそっと声を掛けた。

「ああ、この間はどうも」

「いえ、こちらこそ」

「この間と、かなり感じが違ってますね。今日も、また着物がよくお似合いですね。ウン、紺色もいいが、桜色も格別です」

「ありがとうございます。箪笥の肥やしに袖を通してきたまでです」

 当たり前のような、でもちょっと照れくさいような挨拶を交わした。そして、遅いランチにしましょうと、お互いともサンドイッチとコーヒーを注文した。

 半ば食べ終わった頃に、太田が言った。「この間は、醜態をさらしてしまった。聞こえていたでしょう一部始終が」

「ええ、小さな店ですから、それは……」

「いや、いいのですよ。振られるのに慣れてしまって、今さらって感じですしね」

「そんな、悪いのは太田さんじゃなくて、女の人でしょう、浮気するなんてヒドイ」

「いいや、浮気は、浮気したほうよりむしろ、させたほうが悪い」

「それはどうして? あの人が好きで未練があるから、ついかばってしまう?」

「いいや、違う。僕の仕事が仕事だから、ろくすっぽデートもしてやれなかった。ほったらかしにして、浮気されたとしても、文句を言う権利はないと思っています」

「そんな……私なら、それだって浮気なんてしないわ……」と、言ってから、佐織は「ああ」と小声を漏らして、襟合わせを指で直した。そして「今日は時間、大丈夫だったのですか?」

「頑張って都合をつけましたよ。せっかくのご縁ですから、せめて一緒に珈琲を飲む時間を作りたいと、仕事を二番目にしてスケジュール調整しましたよ」

「ホントかしら? まァお世辞半分でも嬉しいです」

「いいや、お世辞を言える質じゃないので。でも、残念ながら、この後、四時半に顧客と約束がありましてね」

「なら、もうじきってこと?」

「ええ、だからですね、どうです? 来週の木曜、まるっと一日休みを取れるかもしれないので?」

「来週の木曜? 一日?」

「ダメですか?」

「いいえ、大丈夫。いいです」

「よかった!」

「でも、何をします?」

「そう、お昼に待ち合わせをして、どこか洒落た店で、ゆっくり食事でもしましょう。その後のことは、その時に考えるってことでは?」

「いいです。でも、どこで食事を?」

「ウーン、着物が似合う店がいいな……どこか考えておいてください。決まったら、名刺のアドレスにメールをください」

「ええ、そうします」

「ひとつお伺いしたいのですが」

「なにか?」

「まだ名前を聞いてなかったのですよ」

「ああ、そうでしたか、佐織です。宮元佐織といいます。私は名刺を持ってないので、後でメールします。そこに名前と自己紹介入れます」

「そりゃいい、楽しみにしてます」

(次回更新に続く)Img_26882_1

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著者:岩崎 るりは

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即興・るりはの着物小説劇場『第二話・別れの寸劇』

第二話・別れの寸劇

 不思議そうに自分を見つめる佐織に、男は、

「何か……」と、小声で言った。

 佐織は、「どこかでお会いしてませんか?」と、男に訊ねた。

「さァ、僕は何も……他人の空似じゃないですか」

 佐織は、そんなはずはないと思った。たしかに、何処かで会ったことがあるはずだと……でも、それが何時のことなのか、記憶を引っ張り出せなかった。

「それよりも、着物が汚れたならお詫びをしないといけない」

 男は、膝に落ちたキャベツやオムレツの破片を見た。

「いいえ、大丈夫です。普段着ですから」

「それにしたって、着物ですから、すごく気になります」

「皆さん、そうおっしゃいますけど、でも、ほんとうに普段着ですから、気になさらないでください」

「そうですか……でも、もし何かあれば、ここに連絡してください」と、男は、胸ポケットから名刺を取り出して、佐織の前に置いた。

「まァ、丁寧に、スミマセン」

 佐織は、かえって恐縮して、頭を下げた。そして名刺をそのまま帯の間にしまいこんだ。

 男は、頭を深々と下げ、マスターに「新しいコーヒーを一つお願いします、ああ、お会計は僕につけてください」と言った。

 マスターは、カウンターで背中を向けたまま、「お馴染みさんだから気にしないでください、うちでサービスしときます。店が古くて狭いのがいけないのだからさ」

「マスターありがとう!」佐織がペコリと頭を下げ、それから男の顔を見た。

 男は、佐織にニコリとした。それから、奥のテーブルに行って、腰掛けた。

 どうやら誰かと待ち合わせをしているようだった。マスターに「とりあえず、ホットをひとつ」と注文し、落ち着かぬ様子で携帯電話のメールチェックをした。

071203_154801  佐織は、すっかり本を読む気が失せてしまった。新しいコーヒーをすすりながら、ぼんやりと店内に流れる音楽を聴いた。そして、向こうの男を見るとはなしに見た。

 ドアが開いて、が入ってきた。

 は、カウンターの前で一瞬立ち止まり、それから早足に奥に行った。

「待った?」

 は、さきほどの男に声を掛けた。

「いいや、ちょっと先についただけさ」

「そう、で、話だけど」

「せっかちだな。まずは、一杯飲んで、それからでどうだ」

 男はカウンターに「マスター、ホットを一つ」と言った。

 女が、「すみません、ミルクティを一つ」と言い直した。

「あなたはいつもそうね」

「またか……」

「私の気持も聞かずに、一人で良かれと判断する」

「ああ、悪かったよ」

「いいのよ、いまさら」

「あきらめか?」

「ううん、あきらめない。かわりに、お別れってことよ」

「また、その話か……」

「今日はホンキ」

「フーン」

「ホンキじゃなくって、外に呼び出したりはしないわ」

「たしかに一理ある」

「あなたの部屋の鍵、返すわ。だから、私の部屋のも」

「ホンキか……」「ええ、本気。ね、返して、私の鍵」

「もう一度、話し合おう、それから冷静に判断しないか」

「いいえ、なら、言うわ。私、すでに好きな人がいて、部屋に泊めたのよ

 男は、女の目を食い入るように見た。”◎э◎)“それからカギ束を出して、それをジャラジャラとやった。鍵を一つ外すと、それをポンと女の前に叩き置いた。

  マスターがミルクティを運んできた。

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 自分の前で別れの寸劇をした、二人。

 佐織は、その二人を、ぼんやりと眺めた。

 女はミルクティを飲み干すと、無言で店を出て行った。男は一人取り残され、空になったコーヒーカップを呆然と見つめている。

 声を掛けるには、あまりに無神経……。

 そう思ったとき、携帯電話が振動した。〃〃(>;<)〃〃〃店から出て電話に出た。友達からの電話だった。暇つぶしの電話だった。だから、あとでメールしてねと答えて、すぐに店に戻った。『あの男から目が離せない』そう思って、急いで店内に戻った。まるで自分が探偵にでもなったような気分だった。

「あ……」ζ◎;◎“!

 あの男が消えていた。

 消えていたとは、妙な言い方だと思った。

 しかし、佐織には、「消えていた」という気がしてならなかった。

 なぜ、そのようなことを思うのだろう……。佐織は自分で自分がよくわからなかった。

 ふと、思い出して帯の間を指で探った。

 名刺だった。あの男の唯一の手がかり。この小さな紙切れで、男の所在のすべてが明るくなるのだ。

「え!」(?:?゛)

 佐織は、声を出した。

 名刺の文字を繰り返し目でなぞった。

「太田蘭歩――おおたらんぽ」

 職業は……?

『太田蘭歩探偵事務所』とある。Img_2253

私立探偵!? この私が、私立探偵と過去の何処かで会ったことがある? それはなぜ……」

 佐織は、襟合わせを指で直して、それからまた名刺に目をやった。

(次回更新に続く)

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恋の予感☆ヒロインは何色の着物?☆アンケート

着物小説の連載をスタート!

もしかして恋の始まりか……?

さて、ヒロインはどんな色の着物を着ていると思いますか?

恋するヒロインのイメージに合う、着物のお色って? みなさんに一票投じていただき、アンケートの多数決で、ヒロインの着物の色を決めちゃおうと思います!

投票締め切りは、一週間後の九日(日)です。楽しみにしています。どんどん投票してね♪Img_3273_1_2 ↓「トラ吉とチコからも、一票お願いニャ」=^Ψ^=

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即興・るりはの着物小説劇場・第一話「袖振り合うも恋の始まり?」

即興・るりはの着物小説劇場

 ただ、なんとなく書き出しちゃったら、物語ができてた。まぁ、そんな感じで、いつも短編小説を書く。無計画、思いつき、その場その場\(ёⅴё)/。でも、実際に仕事で書くときは、それなりに推敲をして、前後の関係を直したり、時代を変えてみたりと、いちおう構成を練る。

 でも、せっかくのブログだから、ただ閃きだけで、ぶっつけで小説を書いて遊んでみようと、思い立つ(θэё)。エッセーもいいけど、変化をつけて、小説と交互にしてもいいかも知れないと……テーマはもちろん『着物』。

 今、私の頭の中は、真っ白。何も考えてない("★";でも、いつもこんな感じで、とりあえず書き出してみる。

と、いうので、着物小説の始まり始まりです!!(どうなることやら(?:?゛)

       ※ ※

開幕一、『袖振り合うも恋の始まり?』

 佐織は、いつもの喫茶店に向かった。他に洒落た店があるというのに、つい、バンカラな店に足が向いてしまう。バンカラと言えば聞こえはいいが、実際には、くたびれたオヤジがやっている、ただ古めかしいだけの店だ。

 着物で、冴えない喫茶店にいって、安いのが取り柄のサンドイッチを食べる。違和感がありそうで、しかも店で目立ちそうで、ところが、そうでもなかった。

「ね、マスター、なにか面白い話題ってない?」

 佐織は、注文するでもなく、店主に話しかけた。

「面白い話を聞きたいのは自分のほうだよ。今日も豆を焙煎して、キャベツを刻んで……何が面白くて、こんな商売やってんだか……」

 オヤジは、それだけ答えて、カウンターの中に引っ込んでいった。

_1_2  佐織は、すでに本を広げ、文字を追っていた。

 馴染みの珈琲店で、いまさら注文でもなかった。佐織がこの店で頼むメニューは、トースト・エッグサンドにブレンドコーヒーと、相場が決まっていたのだ。

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 飽きもせず、ほぼ毎日、バンカラな珈琲店にやってきて、しかも同じメニューだけを食べ続ける。気がついたときには、注文する手間も省けていた。

_1 数ページ読んだところで、オヤジがサンドイッチとコーヒーを運んできた。佐織は、手ぬぐいを出して、端を帯にひっかけた。着物には、手ぬぐいと決めていた。ハンカチでは帯や膝は覆えないし、襟にも巻けない。手ぬぐいは、手染めに限った。柔らかな風合いと、まろやかな色は、手染めだからの長所だった。

 キャベツだらけ、オムレツだらけのトーストサンド。口に運ぶと、キャベツがボロボロこぼれ、オムレツがはみ出してくる。そしてパン屑がパラパラ落ちて、ケチャップが滲み出してくる。それが美味しいのだと、佐織は思った(@^ж^@)

そして、二切れ目のサンドイッチを食べようと思った時、通路を歩く客が、佐織の袖をひっかけたζ◎;◎“!

 その弾みで、サンドイッチがポロリと落下した。中身がバラバラになり、パンがカップの中に漬かった。

「あ、着物、大丈夫でしたか! 汚れませんでしたか?」

 早口に言う男と、佐織は目を合わせた。

「あ!」佐織は、小さく叫んだ。

 その佐織の顔を、男は不思議そうに見つめた。

 (次回更新に続く)

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著者:岩崎 るりは

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