即興・るりはの着物小説劇場『第二話・別れの寸劇』
第二話・別れの寸劇
不思議そうに自分を見つめる佐織に、男は、
「何か……」と、小声で言った。
佐織は、「どこかでお会いしてませんか?」と、男に訊ねた。
「さァ、僕は何も……他人の空似じゃないですか」
佐織は、そんなはずはないと思った。たしかに、何処かで会ったことがあるはずだと……でも、それが何時のことなのか、記憶を引っ張り出せなかった。
「それよりも、着物が汚れたならお詫びをしないといけない」
男は、膝に落ちたキャベツやオムレツの破片を見た。
「いいえ、大丈夫です。普段着ですから」
「それにしたって、着物ですから、すごく気になります」
「皆さん、そうおっしゃいますけど、でも、ほんとうに普段着ですから、気になさらないでください」
「そうですか……でも、もし何かあれば、ここに連絡してください」と、男は、胸ポケットから名刺を取り出して、佐織の前に置いた。
「まァ、丁寧に、スミマセン」
佐織は、かえって恐縮して、頭を下げた。そして名刺をそのまま帯の間にしまいこんだ。
男は、頭を深々と下げ、マスターに「新しいコーヒーを一つお願いします、ああ、お会計は僕につけてください」と言った。
マスターは、カウンターで背中を向けたまま、「お馴染みさんだから気にしないでください、うちでサービスしときます。店が古くて狭いのがいけないのだからさ」
「マスターありがとう!」佐織がペコリと頭を下げ、それから男の顔を見た。
男は、佐織にニコリとした。それから、奥のテーブルに行って、腰掛けた。
どうやら誰かと待ち合わせをしているようだった。マスターに「とりあえず、ホットをひとつ」と注文し、落ち着かぬ様子で携帯電話のメールチェックをした。
佐織は、すっかり本を読む気が失せてしまった。新しいコーヒーをすすりながら、ぼんやりと店内に流れる音楽を聴いた。そして、向こうの男を見るとはなしに見た。
ドアが開いて、女が入ってきた。
女は、カウンターの前で一瞬立ち止まり、それから早足に奥に行った。
「待った?」
女は、さきほどの男に声を掛けた。
「いいや、ちょっと先についただけさ」
「そう、で、話だけど」
「せっかちだな。まずは、一杯飲んで、それからでどうだ」
男はカウンターに「マスター、ホットを一つ」と言った。
女が、「すみません、ミルクティを一つ」と言い直した。
「あなたはいつもそうね」
「またか……」
「私の気持も聞かずに、一人で良かれと判断する」
「ああ、悪かったよ」
「いいのよ、いまさら」
「あきらめか?」
「ううん、あきらめない。かわりに、お別れってことよ」
「また、その話か……」
「今日はホンキ」
「フーン」
「ホンキじゃなくって、外に呼び出したりはしないわ」
「たしかに一理ある」
「あなたの部屋の鍵、返すわ。だから、私の部屋のも」
「ホンキか……」
「ええ、本気。ね、返して、私の鍵」
「もう一度、話し合おう、それから冷静に判断しないか」
「いいえ、なら、言うわ。私、すでに好きな人がいて、部屋に泊めたのよ」
男は、女の目を食い入るように見た。”◎э◎)“それからカギ束を出して、それをジャラジャラとやった。鍵を一つ外すと、それをポンと女の前に叩き置いた。
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佐織は、その二人を、ぼんやりと眺めた。
女はミルクティを飲み干すと、無言で店を出て行った。男は一人取り残され、空になったコーヒーカップを呆然と見つめている。
声を掛けるには、あまりに無神経……。
そう思ったとき、携帯電話が振動した。〃〃(>;<)〃〃〃店から出て電話に出た。友達からの電話だった。暇つぶしの電話だった。だから、あとでメールしてねと答えて、すぐに店に戻った。『あの男から目が離せない』そう思って、急いで店内に戻った。まるで自分が探偵にでもなったような気分だった。
「あ……」ζ◎;◎“!
あの男が消えていた。
消えていたとは、妙な言い方だと思った。
しかし、佐織には、「消えていた」という気がしてならなかった。
なぜ、そのようなことを思うのだろう……。佐織は自分で自分がよくわからなかった。
ふと、思い出して帯の間を指で探った。
名刺だった。あの男の唯一の手がかり。この小さな紙切れで、男の所在のすべてが明るくなるのだ。
「え!」(?:?゛)
佐織は、声を出した。
名刺の文字を繰り返し目でなぞった。
「太田蘭歩――おおたらんぽ」
職業は……?
私立探偵!? この私が、私立探偵と過去の何処かで会ったことがある? それはなぜ……」
佐織は、襟合わせを指で直して、それからまた名刺に目をやった。
(次回更新に続く)
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